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第1章 年の離れた従兄 第7話

Author: 花宮守
last update Last Updated: 2025-02-27 07:14:14

 晧司さんに髪をとかしてもらい、念のためと抱きかかえられて、二人を迎えるため自室を出た。彼は私の髪に触れるのが好きで、ブラッシングが自分の仕事であるかのように熱心。それは何かの行為の代わりに感じられて、すぐに人と会うのは恥ずかしい……。

「私以外の者に、そんな顔を見せてはいけないよ」

 リビングへと歩きながら、腕の中の私をたしなめる晧司さん。

「そう言われても……」

 ソファーに下ろされ、スカートを直す。彼は床に片膝をついて、私の左手を握った。薬指の付け根を、何度もなぞる。

「ほら、その目だ。つかまったら、抜け出せない……」

 晧司さんの眼差しこそ、吸い込まれて閉じ込められてしまいそう。彼の真意がわからない。日本はいとこ同士でも結婚できるけど……。

 その時、インターフォンが鳴り響いた。一回、二回鳴ったあと、五秒後にもう一回。春日さんと七華さんの合図だ。彼らは合鍵を持っているけれど、「来ましたよ」と知らせるために合図を決めている。張り詰めた空気が溶けていく。立ち上がった晧司さんの手をつかみたい衝動に駆られた。

「リン?」

「あ……」

 見下ろす瞳は曇りなく澄んでいて、私に危害を加える人物とは思えない。夢の中の恐怖が、無意識へと押し込められた記憶の一端だとしても、私に乱暴を働いたのは別の人物。そう思いたい。信じたい。あなたは私を、無理やり自分のものにしようとする人じゃない、って。

 そうよ、あれはただの夢――。

「おはようございます。……リン様?」

 入ってきた七華さんが、心配そうに私を呼んだ。

「おはようございます、七華さん、春日さん」

「ご気分が悪いのでは? 奥でおやすみになりますか?」

「ううん、おしゃべりがしたくて待ってたの。今日は少しお手伝いもしたくて」

 七華さんは私を注意深く観察し、晧司さんをちらりと見た。彼は小さく頷いている。寡黙な春日さんも、口には出さないけれど心配してくれているのがわかる。

「うたた寝して、怖い夢を見ただけ。動けば忘れます」

「では……そうですね、持ってきた食材を下ごしらえするのを、ご一緒によろしいですか?」

「ええ」

 新鮮なお肉やお魚を手順通り調理していくのは楽しい。

「記憶を失っているのに、こういうことは体が覚えているみたい」

「記憶喪失にも、いくつか種類がありますから」

 男性陣
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